プロと言う名の壁


プロと言う名の壁

プロと言う名の壁

歌を歌い始めて10年、何度もステージに上がってきましたが、未だに納得のいく歌が歌えたステージはありません。

いつも中途半端で恥ずかしくなるような歌しか歌えなくて、ステージの度に反省して、言い訳をして誤魔化してきました。

自分の実力から目をそらして、都合の悪い事からは逃げてきた。

そんな自分を見つめ直し、この先音楽をやっていくならプロ意識を高めて本気で取り組まないとダメだって、自分自身と向き合う決心をしました。

10年かかってやっと今?って思う方も多いと思いますが…

この10年学んできた事はもちろん、それ以上に今一歩ワンランク上を目指していかないとって、崖っぷちに立ってやっと自分の甘さに気がついた感じです。

しかし、自分の甘さや弱さって分かっていても長年培ってきた自分の性格を内面から変わっていくには相当な努力が必要です。

甘いと分かっていても、どう改善していけばいいのかと模索する日々。

戦いに終わりはありません。

しかし、遅すぎる事もありません。

何を始めるにしても、何に向き合うにしても、遅すぎる事はないと信じています。

こんな年齢だからとか、もう10年もやってるからとか、そんなコンプレックスに捕らわれて臆病になってしまうのはもったいないと思うからです。

思いついたら、気がついたら、そこからやってみる!

そういう決意で向き合おうと思っています。

歌って自分の全てが現れる「鏡」のようなものです。

だから、私自信の甘さも歌に出ています。

プロの方々と組む様になってから、ボーカリストとしての細かな部分を指摘してもらえるようになって、ショックもありますが嬉しい気持ちもあります。

素人が聞いても分からない細かな部分に気がついて指摘してくれるから、自分自身これまで目を瞑ってきた甘えの部分に挑戦していく事が出来るんです。

誰も指摘してくれなかったら「ま、こんなもんでいいや!」ってそれ以上頑張ろうとしなかったと思います。

自分の歌に対して指摘されるショックや屈辱もありますが、それ以上に期待に答えていきたい気持ちが大きくて…

正直自分にどこまで実力が備わり、どこまで答えていけるか分かりませんが、これからが本当にプロの枠を超えて成長できるフィールドに行けるんだと思います。

頑張ります!!

脱毛 もみあげ脱毛 うなじ

寸胴鍋には思い出がいっぱい

お姑さんが「あなたにあげるものがある」とエッチラオッチラばかでかい荷物を運びこんできた。

何事かといぶかしく思う私に、お姑さんはするすると風呂敷をほどいたが、中から出てきたのが寸胴鍋である。それも使い古しの……。

何をまた、寸胴鍋なんて。

と思いつつもとりあえずお礼を言う。きれい好きの義母だから古いものとはいえよく磨かれておりぴかぴかと光っている。

お茶を出すと汗をふいて一息ついた義母が「これはね」と語り出した。

私の夫は次男だが、姑は3兄弟を育てあげた人である。

そのうち一人はいまだ結婚せず、もう一人は結婚したが離婚した。なので現在ヨメというのは私ひとりである。

専業主婦で昔気質の人だから、3兄弟はおかあさんの手料理だけで成長した。おやつもホットケーキからドーナツ、ゼリーやプリンを手作りしていたと夫からも聞いている。

うちはひとり息子だが、男の子の食欲はものすごい。まして3人ともなれば毎日台所にこもって料理していたことだろうと思う。

「この寸胴鍋で」

と義母は言った。山ほどの豚汁を作った。夕飯に食べ、朝ご飯に食べさせた。学校から帰宅した兄弟にうどんを加えた豚汁の残りをおやつにした。

カレーもこれで大量に作った。冷凍して使い回そうと思っているのに、結局いつも翌日にすべて食べきれてしまった。

給料日前になると、残り野菜をなんでもつっこんでスープにした。精進揚げに丼ご飯に、それで残り野菜のスープで腹をくちさせた。

でも、もう義母もひとりである。

舅は数年前に亡くなった。兄弟はみな独立している。うちはバスで2駅程度の距離に住んでいるから、しょっちゅう顔を見せるようにはしているが。

寸胴鍋の出番も、もはやない。

でも兄弟を立派に育てあげたこの寸胴鍋には思い入れがあると言う。こんなものをあげてもと思わないでもなかったけど、私が料理好きなのを見て、この鍋で家族に腹一杯食べさせてやってほしいと思ったようだ。

「ひとりで食べるなら何でもいいような気もするのよ」

言い残して義母が帰って行った。

私は今、その寸胴鍋で大量のシチューを仕込んでいる。安い牛すじを2日かけて煮込んでいる。仕上げは明日だ。

今日にも義母に電話をかけるつもりでいる。

シチューがたくさんできました。

よかったら遊びにきてね。みんなで食べましょう。

家族の歴史を刻んだ寸胴鍋、お義母さん、ありがとう。